ANA国内線【PR】

ネットアイドル

Dara Puspitaはジャワ島東部のスラバヤにて64年ごろ発足。ジャカルタを拠点に活動、本国インドネシアはもちろん、タイやマレーシアでもひろく人気のあったガールズグループで、アルバム数枚分のリリースを残しているほどです。
60年代前半までインドネシアはRolling StonesやBeatlesのような西洋のロックサウンドは弾圧の対象となっていたのですが、65年頃から規制が緩められ、Dara Puspitaも若干のメンバーチェンジをへながら66年にようやくレコードデビューとなります。

デビューから解散時までのメンバーは、
Titiek Adji Rachman(lead-g)
Lies Soetisnowati Adji Rachman(g)
Titiek Hamzah(b)
Susy Nander(ds)

で、ギターのふたりは姉妹。バンド名は"Flower Girls"という意味だそうです。



世界的に見てもこの年代の「ガールズポップ」というと、ボーカルグループやピンのシンガーなど、その多くは「歌い手」であって、Dara Puspitaのように作曲から楽器演奏までをこなすバンド形態をとるケースは非常に稀です。また、たいていは「いろもの」的なあつかいだったりもするところで、内容もなかなかともなっていなかったりもしますが、彼女たちはそこらへんもとてもしっかりしています。
カバー曲もありますが、大半は自作曲。BeatlesやStones、Dave Clark 5などからフックを拝借しつつも、剽窃程度の浅いレベルにとどまるものではありません。全体に南方っぽい(?)おおらかなサウンドです。

さらには68年にはイギリス、ドイツ、フランスなどを巡るヨーロッパ遠征を敢行。また、オランダではスタジオ入り、シングルを切ったりもしています。これはインドネシアが以前蘭領だったので、オランダとの交易が依然として強かったことによるものかもしれません。

その後もDara Puspitaはコンサート活動、レコード制作を活発に継続してゆくのですが、メンバーの結婚などの由により72年に解散となります。



いままでDara Puspitaはごく一部の熱心なファンや好事家のあいだでのみ、ひっそりと知られているにとどまるもので、謎の多いグループでした。いまだ諸般の事情あって再発も進まず、そうそう耳にすることも困難です。

と、そんな聴けもしないものを紹介してもセンないことなんですが…。

ところが、最近とみにDara Puspitaに関する詳しいサイトが海外を中心にかなり増えてきています。けっこう多岐にわたり、音源などを乗っけているものもあって、がぜん盛り上がりをみせてきているようすです。それぞれに一長一短といった印象なので、ここではバンド自体の紹介のみにとどめますが、もしもより関心を持たれた方はいろいろ検索をかけてみてください。

←menu